2016年9月9日金曜日

CO2ナルコーシスを考える II

UpToDate
Mechanisms, causes, and effects of hypercapniaより

高炭酸ガス血症は,PaCO2の上昇と定義される.動脈血中のCO2レベルは,酸化的代謝によって産生されるVCO2の産生速度に正比例する.そして間接的に肺によるCO2除去速度に間接的に比例する(肺胞換気VA).肺胞換気は,VEと,VD/VTによって決定される.

高炭酸ガス血症は,分時換気量を減らす因子に依存する,即ち生理学的死腔,そして/またはCO2産生の増加である.死腔を増加させる内因性の肺疾患は,II型呼吸不全のほとんどの要因になる.一方わずかではあるが,肺外疾患(たとえば鎮静剤,神経筋疾患,または胸郭の異常)が原因となることもある.肺予備能の制限がなければ,CO2産生を増大させる状態は,臨床的に重要な高炭酸ガス血症を引き起こさないであろう.高炭酸ガス血症に関連する病因はtable1に示した.

急性の高炭酸ガス血症は意識レベルを低下させ,脳血流を増加させ,頭蓋内圧を上昇させ,心筋と横隔膜の収縮を減少させる.重症の高炭酸ガス性のアシドーシスは最終的に昏睡を引き起こし,心臓または呼吸停止を引き起こす.健常者はPaCO275から80Torr以上にならないと意識障害は示さない.一方慢性的に高炭酸ガス血症を有する患者は, PaCO2が急激に90から100Torr以上にならないと意識障害をきたさない.

CO2ナルコーシスを考える 神話と事実 I

Oxygen-induced hypercapnia in COPD: myths and facts
Critical Care 2012,16:323
 
要約
医療研修を受けている間,我々はCOPD患者に酸素を投与すると「低酸素ドライブ」の機序を介して高炭酸ガス血症が誘発され危険であると教えられた.この考え方によって臨床家は,低酸血症を有するCOPD患者に酸素を投与することを躊躇させられる. しかしこの恐怖は,文献的なevidenceに基づいていない.
ここでは,COPD急性増悪の患者における酸素誘発性高炭酸ガス血症の影響と病態生理を検討し,段階的酸素投与法を推奨する.
1949年,DavisMackinnonは,慢性肺性心と肺気腫によるチアノーゼを伴った患者において,酸素投与によって誘発された神経症状を報告した[1]
著者らは,致命的な昏睡をきたした症例を含む2例を経験した後に,同様の患者で頭蓋内圧(腰椎穿刺を行い,脳脊髄液圧を測定)に及ぼす酸素の影響を調べる研究を行った.
著者らは,4例のチアノーゼを有する肺気腫症患者において,酸素療法は脳脊髄液圧の上昇をきたし,酸素を停止するとベースライン値に戻ることを発見した.
DavisMackinnonは,酸素中毒が体内の二酸化炭素(CO2)の蓄積を引き起こすという仮説を立て,これらの患者における酸素の使用に警告を発した.
この論文に反応して,ドナルドは,酸素療法中に高炭酸ガス血症(16キロパスカル=120mmHg)による昏睡をきたし,酸素療法を中止した後急速に臨床的症状の改善があった肺気腫の患者を報告した[2]
著者は,このような患者に言及しながら,以下の理論を発表した:「彼らの呼吸活動性は,主に大動脈洞域の低酸素刺激に依存しているので,低酸素刺激を除去すると彼らは低換気状態になり,二酸化炭素の更なる貯留を引き起こす.」
COPDの患者における酸素誘発性の高炭酸ガス血症に関するこれらの初期の報告を読むと,長年にわたってほとんど変わっていないと思うかもしれない.
COPD患者における換気ドライブに対する酸素の効果を説明し,低酸素ドライブの定理を反証したその後の研究とレビュー[3]にもかかわらず,多くの臨床医はなお,医療研修期間中にCOPD患者における酸素の投与は,「低酸素ドライブ」メカニズムを介して高炭酸ガス血症が誘発されるので危険だと教えられている.すなわち増加したPaO2が,呼吸ドライブを減少させ,(危険な)高炭酸ガス血症を引き起こすということである.
この誤解は臨床医や看護師が,低酸素を有するCOPD患者に酸素を投与することを躊躇させる.
しかしほとんどの場合,これはCOPD急性増悪の患者を危険にさらす愚かな決定である.
この論文では,COPD急性増悪患者における酸素誘発性高炭酸ガス血症の影響と病態生理について説明したい.
酸素誘発性高炭酸ガス血症
1980年,Aubierらは,COPD急性増悪の患者(GOLDグレードIV)において,高流量の酸素(15 L /分)がPaCO2に及ぼす影響を検討した[4]
PaCO28.463.0mmHg)から11.4 kPa85.5mmHg)に上昇し,PaO24.936.8mmHg)から29kPa217.5mmHg)に増加した.
二十年以上後になって,この研究が再検された[5]
非常に重度のCOPDFEV1が予測値おいて30%前後)患者では, 100%酸素を20分間投与すると,PaO27.657.0mmHg)から53kPa397.5mmHg)に増加し,PaCO2は有意な増加を認めなかった(6.9から7.3 kPaの増加)(51.8mmHg54.8mmHg).
その後,患者をCO2貯留群と非貯留群に分けた.
2つのグループの肺機能は変わりなかったが,CO2貯留群は酸素投与前,低酸素血症の程度が有意に顕著であった.
これらの研究や,以前の研究は,非常に重度のCOPD急性増悪患者へ,制御のない酸素投与を行うと,高炭酸ガス血症を誘導することを確認し,低酸素血症の程度は,高炭酸ガス血症への進展の予測因子であることを明らかにした.
従って特に,COPD患者における酸素誘発性高炭酸ガス血症のメカニズム,特に酸素誘発性低換気の役割をレビューすることが重要である.
低換気の役割
1は,制御のない酸素投与はPaCO2の上昇と,分時換気量の初期低下を引き起こすことを示している[4]
酸素療法を継続して15分行った後,分時換気量は初期の減少から回復し,ベースライン値と比較してわずかに減少していた.
しかし,PaCO2は,分時換気量の回復にもかかわらず,更に増加した.酸素誘発性PaCO2の増加と分時換気量の減少との間に有意な相関は見られなかった.
1(下記)は,この例では,分時換気量の変化は,PaCO2が(全体の上昇が3.0 kPa=22.5mmHgの中の)0.65kPa4.9mmHg)という非常にわずかな増加しかもたらさないことを示している.
その後の研究は,本質的にこれらの観​​察を証明してきた[5]
1PaCO2 =K xVCO2/VE1 - VD / VT, 定数K=0.863VCO2CO2の生産で,VEは,分時換気量で,VD / VTは,死腔換気量/1回換気量.
 別の研究では,Aubierらは[6] COPDで急性呼吸不全の患者20名において,呼吸ドライブを検討した.酸素投与により,PaCO28.160.8mmHg)から9.1kPa68.3mmHg)へ分換気はわずかに減少(14%)した[6]
呼吸ドライブは,mouth occlusion pressure(最初の100msの吸気努力=P0.1)を用いて決定した.
酸素投与によりP0.18.3±0.8から4.9±0.7cmH2Oへ減少した.
後者の値は,まだ正常より高い値,即ち高い呼吸ドライブを示していた.
また,酸素投与後のPaCO2の変化と分時換気量の変化の間には相関関係がないことが示された.
この研究は,COPD増悪患者において,酸素投与後PaCO2の上昇にもかかわらず,換気ドライブが著明に増加していることを強調している.
著者らは,呼吸ドライブの低下がCOPD急性増悪患者における酸素誘発性の高炭酸ガス症の主要な原因ではないと結論付けた.
結論として,重度のCOPD患者が急性増悪をきたした場合,制御のない酸素投与は,分時換気量に限られた効果しか及ぼさず,PaCO2の増加のすべてを説明することはできない.
まれに,高炭酸ガス血症にて昏睡状態に近い状態にある非代償性COPD患者において,無呼吸に遭遇するかもしれない.
換気血流ミスマッチの役割
生理学的には,肺胞の換気と血流はよく一致している.
両極端な換気血流比(Va/Q)不均衡について考える:(a)全く肺胞換気がないが,十分な血流がある.=シャント,および(b)十分な換気があるが,血流がない=死腔換気.
身体にはVa/Q比を最適化するための保護機構を有している.
(例えば,気管支収縮などで)PAO2が減少すると,局所のメディエーターは,起こり得るシャントに抗して肺胞毛細血管の血管収縮を誘導する.これは低酸素性肺血管収縮と呼ばれるメカニズムである(図2).
低酸素性肺血管収縮に対抗する最強のメディエーターは,PAO2である.
したがって,FiO2が高いと,換気の悪い肺胞でPAO2が増加し低酸素性肺血管収縮が阻害される.
その結果,相対的に換気の障害された肺胞は,十分な血流を得ることによりVa/Qミスマッチが増加する.
実際,Aubierらによる研究では,高FiO2Va/Qミスマッチを障害し,死腔換気を77%から82%上昇させることを明らかにした [4]
Robinsonらはまた,酸素療法中のVa/Qミスマッチを検討した[5]Va/Qミスマッチは,CO2貯留群,非貯留群の両者で増加した.これは両群で低酸素性肺血管収縮が少なかったためと結論付けた.
しかし全体の換気はCO2貯留群で減少するが,より高いVa/Qミスマッチを有した肺ユニットに対する換気は増加し,結果的にCO2貯留群で肺胞死腔換気の増加を引き起こされた.
肺循環を予測したコンピューターモデルを使った初期の報告では,増悪したVa/Qを通して生じた生理学的死腔の増大は,酸素誘発性高炭酸ガス血症を十分に説明することができる[7]
The Haldane effect,ホールデン効果
蛋白のamine group,特にヘモグロビンはCO2と結合してcarbamino compoundsを形成する.
しかし酸素の解離したヘモグロビンがCO2に結合する能力は,酸素化されたヘモグロビンのそれより,非常に高い.(式2に示す.)
即ち酸素はCO2解離曲線を右方にシフトさせることによりPaCO2を上昇させる.正常ではそのPaCO2の上昇は,分時換気量の増加により低下し,PaCO2が正常化される.
しかし重症COPD患者では,分時換気量を増加させることができず, PaCO2が上昇する.
確かに,Aubierらの研究では,Haldane effectO2投与によってもたらされるPaCO2上昇全体の25%程度を説明できる.
2
HbCO2 O2 × HbO2 + PaCO2, HbCO2carbaminohemoglobin HbO2 oxyhemoglobinである.
安全な酸素投与
酸素誘発性高炭酸ガス血症をきたしやすい患者は,最も重篤な低酸素血症をきたしている患者である.しかし,低酸素血症にある患者において,如何にして酸素投与を中止することなく,酸素誘発性高炭酸ガス血症を避けることができるだろうか?
高流量酸素濃度の投与は,より繊細な酸素投与と比較して高い死亡率と関連がある[8-10]
RCTを含むいくつかのデータは,COPD急性増悪患者への最良の戦略に関するエビデンスを示している[11]
これらのデータでは,段階的酸素投与法によって,酸素飽和度を88-92%に維持すると,それよりも高い酸素飽和度に維持する群と比較して,呼吸性アシドーシスがより軽減され,より良好なアウトカムが得られている.
これは,COPD患者の酸素治療に対するBTSガイドラインに一致している[12]
結論
COPD患者において低酸素性肺血管収縮は,ガス交換を改善するために,Va/Q比を変化させるもっとも効果的な方法である.
この生理学的なメカニズムは酸素治療により障害され,酸素誘発性高炭酸ガス血症の最も大きな増加の理由となる.
COPD急性増悪患者において低酸素血症を避け酸素誘発性高炭酸ガス血症のリスクを減らすためには,段階的投与法によって酸素飽和度を88-92%に維持することが推奨される.