ARDSーよくわからない病名である.診断基準は臨床所見の羅列で,病理組織はDADなんだそうだが生前に肺病変の組織学的証明を行うことはできず(HRCTにてDAD patternという言葉もあるけどね),自分は何を見ているのか?いつも悩むところです.「診断基準」は臨床試験を行っていくための「くくり」(蛍ちゃんのいう,くくり)と考えればまあ納得もできるけど.
以下の論文,図の縦軸の単位がほとんど抜けているのは・・うーんどうよ.
Comparison of the Berlin Definition for
Acute Respiratory Distress Syndrome with Autopsy
AJRCCM 2013; 187; 761–767.
理論的根拠
ARDSの改定臨床クライテリア,ベルリン定義は,重症度に従って患者を分類するために確立された.
目的
Reference standardとして剖検時におけるDADを使用し,これらの臨床クライテリアの精度を評価する.
方法
1991-2010年にわたる20年に我々のICUにて死亡し,剖検を行ったすべての患者を対象とした.ADRSの臨床基準を有する患者をカルテより同定し,P/F ratioによる酸素化クライテリアを使用するベルリン定義に従い,軽症,中等症,重症と分類した.2人の病理学者により,それぞれの肺葉の顕微鏡的解析を行った.
測定と主要な結果
712人の剖検解析にて,356人の患者は死亡時にARDSの臨床クライテリアを満たしていた.軽症(n=49, 14%),中等症(n=141, 40%),重症(n=166, 46%)であった.
(DADをrereference standardとして使用すると)ベルリン定義にてARDSを診断する感度は89%,特異度は63%であった.DADはARDSの臨床クライテリアを有する患者356例中159例(45%)に認められた.軽症,中等症,重症ARDSはそれぞれ12%,40%,58%であった.DADは72時間以上ARDSの臨床クライテリアを満たす患者において認められる頻度が高かった.そして72時間以上重症ARDSのクライテリアを満たす患者の69%にDADが認められた.
結論
病理組織所見はARDSの重症度とその罹病期間と相関があった.ARDSベルリン定義の改定臨床クライテリアは,72時間以上続く重症ARDSはDADの割合が高い均一のグループとして同定が可能であった.
Hospital Universitario de Getafeの18ベッド数のICUにて1991年から2010年の間に剖検を行ったすべての患者を対象とした.
ARDSのリスクありとは
肺炎,吸引,肺挫傷やARDSの肺外危険因子(敗血症,ショック,多発外傷,輸血,膵炎)があるとき.
ベルリン定義によれば,患者が以下を満たすときARDSと診断.
①心不全,または過剰輸液として十分には説明のつかない急性呼吸不全.医師による判断による.
②胸部単純X線,またはコンピューター断層撮影において肺水腫に一致した両側性陰影.
③既知の障害,または新しい/悪化している呼吸器症状の出現後1週間以内に発症.
重症度
①mild (201 mm Hg ≤PaO2/FIO2 ≤ 300 mm Hg),
②moderate (101 mm Hg≤ PaO2/FIO2 ≤ 200 mm
Hg)
③severe (PaO2/FIO2 ≤ 100 mm Hg)
全例PEEPは5 cmH2O ≧.
ARDSの診断は2名の集中治療専門医の合意による.意見の一致がない時は第3の集中治療専門医により解決.
Pathologic Criteria for DAD
DADの病理学的クライテリア
ヒアリン膜の存在と,以下のうち少なくとも1つを含む
①肺胞内浮腫.②肺胞I型上皮細胞necrosis,③II型肺胞上皮細胞(cuboidal
cells)が急速に増殖し,剥離した肺胞―毛細血管膜を覆う,④間質における繊維芽細胞と筋繊維芽細胞の増殖,または⑤器質化した間質の線維化.
ヒアリン膜の存在はyesまたはnoで定性的に評価.ヒアリン膜の存在はDADの初期状態を示す可能性があるので,たとえそれが1葉のみに存在したとしても,DADと分類した.
Fig 1
1991年から2010年の間,ARDSの危険因子を有する448例の患者のうち,712件の剖検組織を分析した.
ベルリン定義によるARDS臨床基準を満たした356例中49例(14%)は軽症,141例(40%)は中等症,166例(46%)は重症であった.ARDS患者の特徴はTable 1に示される.
心原性肺水腫により除外された患者と比較して,ARDSの患者はより重症の肺障害を有しており,それらの肺はより重く,剖検にてDADの頻度が高かった.
ARDSの臨床基準の感度と特異度
Table 2参照
ARDSの危険因子を有する448例の患者のうち,163例(36%)は剖検時にDADの病理クライテリアに合致した.4例のみARDSの臨床クライテリアを満たさずDADを示した.
ARDSの臨床と病理診断の一致,operative indicesはTable 2において計算した.
Reference standard(参照基準)としてDADを使用すると,ベルリン定義によるARDSの診断感度,特異度はそれぞれ89% (95% CI, 84-93%),63% (95% CI, 59-67%)であった.
ARDSの危険因子を有する患者において,感度は98%
(95% CI, 94–99%)に改善したが, 特異度は 31% (95% CI, 26–36%)に低下した.そして,中等症から重症ARDS患者における感度は46% (95% CI, 40–52%)に上昇した.
ARDSの臨床クライテリアを満たすすべての患者において,DADは45% (159例/356 例)に認められた.DADを有する患者98例(62%)に肺炎の組織所見が共存した.DADのない臨床クライテリアを満たすARDS患者197例における組織所見は,肺炎(n= 97,
49%),肺化膿症(n =6, 3%),結核(n = 3, 1.5%),がん浸潤(n =11, 5.5%),肺塞栓症(n =9, 4.5%),急性肺水腫(n =9, 4.5%),肺出血(n =12, 6%),間質性肺炎/線維症(n= 9, 4.5%),重症肺気腫(n = 14, 7%)であり,全く肺病変を認めないものは27例(14%)に認められた.
ARDSの臨床クライテリアにおける重症度とDADの存在は有意に相関していた.すなわち,軽症,中等症,重症患者におけるDADは12% (6/49),40% (56/142), 58% (97/166)に認められた(全グループ間でP<0.01, Fig 2).DADまたは肺炎の存在は軽症,中等症,重症患者において57% (28/49), 47% (94/141), 88% (140/166)であった.(3グループ間でP<0.01, Fig 2)
ARDSの臨床クライテリアを満たす患者において,ARDSの罹病期間が長いほど剖検組織においてDADを認める割合が高かった. 72時間以下の罹病期間ではDADはわずか27%,72時間以上では62%であった.72時間以上の罹病期間を有し,かつ重症ARDSと分類された患者は69% (79/114)であった(Fig 3).
DADの発症に関する時間的変化の影響(Fig 5)
2001-2010年(second decade)は1991-2000年(first decade)と比較して:
ARDSの危険因子を有する患者の呼吸管理は,一回換気量がより低く,呼吸数がより速かった.死亡時,first decadeの患者はより重症の肺障害を有していた.それはより低いP/F ratio,より高いpeak airway pressure,より低いrespiratory system dynamic complianceによって示された.ARDSのリスクのある患者において,ARDSの臨床クライテリアを満たすかまたは剖検組織におけるDADを認める患者の割合は,second decadeよりfirst decadeで多かった.
Discussion
本研究の主要な所見はARDS臨床診断におけるベルリン定義が,DAD診断の高い感度と,低い特異度を示したことである.DADはARDSの臨床クライテリアを満たす患者の半分以下で認められた.しかし,72時間以上ARDSの臨床クライテリアを満たす重症ARDS患者においてより頻度が高かった(69%).
DADはARDSの病理組織学的証明であるが(8),臨床的にARDSに類似するが同じ病理組織像を伴わない他の多くの疾患,例えば細菌性肺炎や,ウイルス性肺炎,びまん性間質性肺炎,肺梗塞,肺出血,癌性リンパ管症や癌の浸潤により特異度が変化することは避けられない. DADのないARDSの臨床クライテリアを満たす患者の半数で肺炎が認められた.2つの疾患を鑑別する臨床クライテリアは存在しないが,肺の顕微鏡的解析は容易に肺炎を鑑別することができる.すなわち肺胞腔内に強い好中球浸潤が見られることがARDSと異なり,ARDSはヒアリン膜の典型的病変が特徴的である.しかしベルリン定義に参加するすべての専門家は,DADがARDSの唯一病理学的に関連していることに必ずしも同意しておらず,ARDSの臨床クライテリアが満たされる時,肺炎をARDSに一致すると考える人もいる.
我々の研究では,DADまたは肺炎はARDSの臨床クライテリアを満たす患者の74%に存在し,重症ARDS患者の88%に存在した.それに対して,剖検時に肺病変が全くなくても,ARDSの臨床クライテリアに合致する患者もいた.この症例において,我々は胸部画像における陰影が無気肺であることを除外できなかった.顕微鏡検査の前に肺に高い圧をかけて膨らませ,虚脱した領域の再膨張させる必要があるからである.更に胸部画像の解析に読影者間の有意な違いがある(15, 16).そのことは両側性陰影の偽陽性の解釈をもたらすかもしれない.実際胸部画像は解釈が難しく,特に肥満や大量胸水貯留のある患者では両側性陰影ありと間違って診断される.
我々はARDSの臨床クライテリアに合致する患者の半数以下にDADを認めた.しかしDADの割合はARDSの重症度に依存し,重症ARDSにおいてDADの頻度が高かった.
ARDSの臨床クライテリアを72時間以上満たす患者においてDADの頻度は著明に増加した.発症から死亡までの期間の中央値は5日であった. 我々は72時間以上ARDSの臨床クライテリアを満たす患者と72時間以下の患者とを比較した.なぜならDADの発症率はthreshold timeの後明らかに異なるからである.実際の臨床において,ARDSの患者は臨床クライテリアを満たした最初の日に全例同定されたわけではなかった,そして72時間はARDS患者の大半を同定するのに必要な時間である(17).したがって,72時間以上の重症ARDSはDADの高い頻度を有する均一な患者群であることを示している.しかしヒアリン膜の形成には2-3日要するので,最初の3日以内にヒアリン膜のないことは,形成プロセスが短期間であることによるのかもしれない(8),つまりDADを有するARDS患者の真の割合を過小評価していることになる.
我々の最初の研究(10)と異なり,ARDSの起源(origin)はDADの割合に影響を及ぼさなかった.ARDSの起源(origin)が肺,肺外であることは肺のコンプライアンスと,PEEPに対する反応に影響を与えていることが示唆された.しかし他の研究ではARDSの起源がPEEPによるalveolar recruitmentに全く影響を与えなかったことが示された(20).
ARDSの危険因子を有する患者における一回換気量を著明に低下させた換気設定の経時的変化を観察した.2000年には大規模なRCTにより,低一回換気量にて換気を行いARDSの患者の死亡が低下したことが明らかとなった(11).ICUにて呼吸管理を行っている患者において一回換気量の低下はARDSの発症を予防するかもしれないことを示した研究もある.この予防的換気戦略はDADとARDSの出現頻度を低下させることに関係した.我々の知りうる限り今回の研究はARDS患者における一回換気量の平衡進化と形態異常を最初に示した研究である.
過去の文献と同じように(23, 24),refractory hypoxemiaはARDS患者の死亡原因の20%を超えなかった.しかしrefractory hypoxemiaはfull life supportを行っている重症ARDS患者のほぼ半数の死因となっていた,すなわちそのことはこれらの患者における治療は酸素化の改善に集中すべきであること示唆している.実際prone positionはより低酸素血症にある患者において,アウトカムを改善するのに効果的であるように見える(25, 26),そして酸素化の改善を目的とする治療は,重症ARDSにおいて死亡率を減少させるために用いられてきた,したがって,ARDSの重症度は治療に対する反応性に影響を与えているかもしれない.そしてそれは将来の臨床研究において患者選択に考慮されるべきである.
本研究の限界⇒ARDSを後ろ向きに診断,および分類を行っている点.しかし,前向き試験であっても,ARDSは臨床家によってしばしば過小評価される.更に,胸部X線の前向き解析は,その結果を改善しなかった.最後に,後ろ向き解析はP/F ratioによる重症度分類を変化させるべきではなかった.臨床的剖検から臨床家と,病理診断医の診断を比較し,臨床エラーを系統的に決定することは,20年以上行っている我々の通常のやり方である.そのことによって我々は平均的な行為が行える(28-30).明らかに臨床剖検は死亡した患者のみの解析であり,したがって患者はもっとも重症である.我々の主な限界はあまり重症でない患者において,その病理学的所見が異なるかもしれないということである.
重症度は我々がかつてAECC定義の評価のため行った研究と比較して,ベルリン定義を用いると,感度は高かったが,特異度は低かった(10).この差についていくつかの理由がある.第一の理由は,P/F ratioが201-300 mmHgの間にある患者はベルリン定義においてARDSありとみなされた.しかしAECC定義においてはそれらの患者はALIと診断された(2).軽症ARDSにおいてDADの割合が少ないと,特異度は低下する.第二の理由として肺水腫に一過性の心原性疾患が関与した患者は,ベルリン定義においてARDSに分類された.しかしAECC定義においては,肺動脈閉塞圧が18 mmHg≧であれば心原性肺水腫と分類された.最近,高い肺動脈閉塞圧はARDSと共存することが示されていることから,我々は一過性心原性肺水腫の患者を症例に加えた.しかしこのグループはDAD患者の割合が低いようである.第三の理由としてARDSの危険因子を有する患者から得られた剖検組織におけるDADの形態的特徴の頻度は,最初の10年間より後の10年間で低かった.第四の理由として,我々の過去の研究(10)において「すべての四象限において気腔変化がある」という画像クライテリアが用いられ,ICU入室全期間において調査された.それに対して,本研究ではベルリン定義仕様の「両側肺浸潤影」の画像クライテリアを使用し,画像は死亡前48時間以内にのみ調査された.このことはARDSの診断を決定するために使用した形態学の重要性を強調している.我々の別の研究において,Fergusonら(27)は特異度が使用した臨床的定義に従ってかなり変動し,過去のアメリカー欧州定義の特異度は約50%であることを明らかにした.更に別のグループの報告では,最近市中肺炎によるARDS患者の特異度はわずか35%であることを明らかにした(31).
ARDSに関するベルリン定義の特異度はreference
standard(参照基準)としてDADを使用すると,相対的に低いことが議論される.しかしベルリン定義は典型的病理組織異常所見のない軽症ARDSを同定し,(とりわけ発症から3日後)DADの頻度が高い重症ARDSの同定を可能とした.この死亡リスクの高い集団は将来の臨床研究でターゲットになるであろう.
結論
剖検にてDADを有するほぼすべての患者が,ARDSの臨床クライテリアであるベルリン定義を満たした.しかしARDSの臨床クライテリアを満たす患者のうちDADを有するものは半数以下であった.しかしベルリン定義は均一な患者群を同定することが可能であった.すなわち72時間以上続く重症ARDS患者のうち69%がDADを示した.